フランスの人工知能スタートアップであるMistral AIは、水曜日に人工知能インフラ分野に本格参入することを発表し、自社をアメリカのクラウド巨人に対するヨーロッパの強力な対抗者として位置づけました。また、同社はOpenAIの最先端システムと互角に戦える新しい推論モデルも発表しました。
パリを拠点とするこの企業は、NVIDIAとの協力で構築された包括的なAIインフラストラクチャプラットフォーム「Mistral Compute」を公開しました。これは、Amazon Web Services (AWS)、Microsoft Azure、Google Cloudなどのアメリカのクラウドプロバイダーに依存するのを避け、ヨーロッパの企業や政府向けの代替ソリューションを目指しています。これにより、Mistral AIはAIモデルの開発から技術スタック全体にわたる戦略的大転換を行っています。
Mistral AIのCEO兼共同創設者であるアーサー・マンシュは次のように述べています。「人工知能インフラへの進出は、Mistral AIがその革新と普及に責任を持ち、ヨーロッパの技術主権を守り、持続可能なリーダーシップに貢献できる重要なステップです。」
Mistralの推論モデルがいかにしてどの言語でも思考できるようになるのか
インフラストラクチャの発表に加え、Mistralは「Magistralシリーズ」の推論モデルを発表しました。これらのAIシステムは段階的な論理的思考を行い、OpenAIのo1モデルや中国のDeepSeek R1に匹敵します。しかし、Mistralの最高科学者グイユーム・ランプル氏によると、その方法は競合他社とは異なる点があります。
ランプル氏は一連の独占インタビューで次のように語りました。「私たちはすべてゼロから始めました。それは、私たちの既存の知識や柔軟性を学びたいという意図によるものです。実際、より強力なオンライン強化学習プロセスにおいて非常に効率的に達成しました。」競合他社が推理プロセスを隠すのに対し、Mistralのモデルはユーザーに完全な思考チェーンを示します。さらに重要なのは、その思考チェーンはユーザーの母国語で表示されるということです。ランプル氏はこう説明します。「ユーザー自身の言語で思考チェーンを示し、それが本当に意味があるかどうか読めるようにすることで、ユーザーは本当に理解できます。」
同社は二つのバージョンをリリースしました。オープンソースのMagistral Small(240億のパラメーターを持つ)と、Mistral API経由で利用可能なより強力な専有システムMagistral Mediumです。
AIモデル訓練における「超能力」
これらのモデルは訓練過程で驚くべき能力を示しました。特に注目すべきは、訓練がテキストベースの数学とコード問題に焦点を当てていたにもかかわらず、Magistral Mediumがマルチモーダル推論能力——つまり画像の分析能力——を保ったことです。
ランプル氏は「これが偶然ではなく、予想外の結果だったことは確かです。もし強化学習訓練が終了した時点で初期のビジュアルエンコーダを再挿入すれば、モデルが画像を推論できるようになります」と述べています。
これらのモデルには複雑な関数呼び出し能力も備わり、複雑な質問に対してインターネット検索やコード実行を行うことで自動的に複数ステップの処理が行われます。ランプル氏は「モデルはウェブ検索のような動作を行い、結果を処理し、必要に応じて再度検索します。この行動は特別なトレーニングなしに自然に発生し、チームにとって非常に驚きでした」と説明しました。
技術的革新: 競合他社よりも速い訓練速度
Mistralの技術チームは重大な技術的課題を克服し、ランプル氏が言う「訓練インフラストラクチャにおける革新」を実現しました。同社は「オンライン強化学習」システムを開発し、AIモデルが生成した応答を同時に改善できるようにし、既存のトレーニングデータに依存せずに進められるようになりました。
重要な革新点は、数百のグラフィックプロセッシングユニット(GPU)間でのモデル更新をリアルタイムで同期させることです。ランプル氏は「私たちは、GPUを使ってモデルの転移を行う方法を見つけました」と説明します。これにより、システムは通常数時間かかるところを数秒で異なるGPUクラスター間でモデルの重みを更新できるようになりました。
ランプル氏は「このような効率性を持つオープンソースインフラは他にありません。多くの類似のオープンソース試みが存在しますが、その速度は極めて遅いです。そしてここでは、非常に効率を重視しています」と述べました。このトレーニングプロセスは従来の事前トレーニングよりも早く、安価であり、ランプル氏は「一週間以内で完了する」と述べています。
NVIDIAによるヨーロッパAI独立への18,000個のチップ供給
Mistral Computeプラットフォームは、最新のNVIDIA Grace Blackwellチップ18,000個を搭載しており、これらはフランスエソン州のデータセンタで最初に展開され、その後ヨーロッパ全体に拡張される予定です。NVIDIAのCEOであるジェンスン・ Huangは、この提携がヨーロッパの技術的独立性にとって重要であると述べました。
黄仁勲氏はパリで発表した共同声明で「それぞれの国が自国のためのAIを建設することが重要です。Mistral AIを通じて、ヨーロッパ各地の企業向けに独自のプラットフォームとしてモデルやAIファクトリーを開発しています。これにより、各業界での知能化を拡大します」と述べました。黄氏は、今後2年間でヨーロッパのAI計算能力が10倍に増加し、ヨーロッパ大陸に20以上の「AIファクトリー」が計画されていると予測しました。
この提携はインフラストラクチャだけでなく、NVIDIAが他のヨーロッパのAI企業や検索会社Perplexityと協力して、通常少ない訓練データを持つヨーロッパの多言語推論モデルの開発にも取り組んでいます。
AIの環境問題と主権問題の解決
Mistral Computeは人工知能の発展における二大問題——環境への影響とデータの主権——を解決しました。このプラットフォームはヨーロッパの顧客が情報をEU圏内で保存し、ヨーロッパの法規制下で管理できるようにします。
同社はフランスの国家生態転換機関および主要な気候コンサルティング会社Carbone4と協力し、AIモデルのライフサイクル全体を通じた炭素フットプリントを評価し、最小限に抑えています。Mistralはデータセンタを脱炭素エネルギーで運営すると計画しており、「ヨーロッパを工場として選択したことで、多くの脱炭素エネルギーにアクセスできる」と述べています。
スピードの優位性がMistralの推論モデルの実用性を向上させる
初期テストでは、Mistralの推論モデルはパフォーマンスが優れ、現在のシステムが抱える一般的な問題——スピード——を解決していることが示されています。OpenAIや他の会社の現在の推論モデルは、複雑な質問に対する応答に数分かかることがあり、これが実際的な適用を制限しています。
ランプル氏は「人々が推論モデルに失望を感じるのは、どれだけ賢くても時々時間がかかりすぎることです。しかし、ここでは数秒で出力が見られます。時には5秒未満で、もっと短いこともあります。これが体験を変える」と指摘しました。スピードの優位性は企業の採用にとって重要であり、AI応答の待ち時間を数分間にすると業務プロセスのボトルネックが生じます。
Mistralのインフラストラクチャ投資がグローバルなAI競争に与える影響
Mistralがインフラストラクチャ領域に参入することは、クラウド市場を支配するテック大手との直接的な競争を意味します。同社はハードウェアインフラストラクチャからAIモデル、そしてソフトウェアサービスまでを含む完全な垂直統合ソリューションを提供します。これには、開発者向けのMistral AI Studio、企業の生産性を向上させるLe Chat、プログラミング補助機能を持つMistral Codeなどが含まれます。
業界アナリストは、Mistralの戦略が地域AI発展の大勢の一部だと見ています。黄仁勲氏は「ヨーロッパが世界的な競争力を維持するためには、AIインフラを迅速に拡大することが急務だ」と述べました。これはヨーロッパの政策立案者の懸念とも一致しています。
この声明が発表された際、ヨーロッパ各国政府は主要なAIインフラに関するアメリカのテック企業への依存にますます不安を感じていました。欧州連合は200億ユーロを投じてヨーロッパ大陸にAI「スーパーファクトリー」を建設する計画を発表していますが、MistralとNVIDIAの提携がこれらの計画の実施を加速させるかもしれません。
Mistralがインフラストラクチャとモデル機能を発表したことは、同社が単なるモデルプロバイダーではなく総合的なAIプラットフォームを目指していることを示しています。マイクロソフトや他の投資家からのサポートを得て、同社はすでに10億ドル以上を集めており、事業範囲の拡大に向けたさらなる資金調達を続ける計画です。
ランプル氏は推論モデルのさらなる可能性を見据えており、「内部の進捗を観察すると、特定のベンチマークテストでモデルの精度が毎週5%向上していることに気づきました。これは6週間続きました。そのため、モデルは非常に急速に改善しており、考えられるあらゆる小さなアイデアが性能を向上させるでしょう」と述べています。ヨーロッパがアメリカのAIの優位性に挑戦する努力が成功するかどうかは、顧客が主権と持続可能性を十分に重視し、既存のプロバイダーを離れるかどうかにかかっていると考えられます。少なくとも現在、彼らには選択肢があります。